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「◯◯出身者に大成した人物はいない!」発言から考える子どもの未来!

・そもそも子どもに大成して欲しいのか!?

先日、タレントのマツコ・デラックスさんがメディアで「私立の学校を小学校くらいから上がってきたヤツで大成した人を見たことなくない?」と発言をし、その後「結構、東京でいいところの私立の学校を小学校くらいから上がってきたヤツで大成した人を見たことなくない?結構、周りですごいことやっているのって田舎の公立高校とか出て、大学に東京から出てきたりした人の方が意外と世界や世間のリーダーみたいになっている人が多くて…」と話されていた記事を目にした!!

この記事を見たとき、えっさんが一番に思ったのは『大成というのは、長時間を費やし仕事や研究などを完全にし遂げること、業績を成し遂げて優れた人を指す』わけだが、言葉のニュアンス的に「有名な成功者やリーダー」みたいなニュアンスで大成という言葉を使っているのかな?ということだ。
ひとつの仕事や研究を地道に成し遂げて人格的にも優れた人というのは都内の私立小学校か否か問わず、いると思われるので、あくまでマツコさんの周りの有名人や事業で成功した人は〜という主語なのではないかと想像する。

このマツコさんの発言に限らず、巷では「◯◯出身者に成功者はいない」と言った発言をする人が多いけど、えっさんのスタンスとしては「成功者の定義が明確ではないし、自分の周りの人の母数には限りがあるので何とも言えないな〜」ということだ。
以前にブログで書いた通り「別に子どもには経済的・社会的な成功を人生の目標にして欲しいわけではないしな〜」と思ったりもする。

・知り合いの東大卒夫婦が願う「子どもの将来像」

少し話は逸れるのだが、えっさんの知り合いに地方の私立中学・高校一貫校から二人とも東大に現役で入って、奥さんのほうは学部卒で、旦那さんのほうは院卒で、現在は都内に住んでいる同じ年齢くらいのご夫婦がいる。えっさんと同じ年齢の子どももいるので、時々子育てのことなどやりとりをすることがある。

奥さんは外資系コンサルティング会社での仕事を出産を機に辞めて、現在は子育てに専念をしている。
最近も子育てのことでもやりとりをしていて、子どもに将来どんな風に成長して欲しいかということを話題になったときに、夫婦共通の思いとしては「別に小さいうちから同じように受験して欲しいとも思わないし、進路についても口を出すつもりはぜんぜんないな〜。とにもかくにもの〜んびりマイペースに自己満足度の高い人生を送って欲しいな〜って強く思っているんだよね。小学校のときあまり私自身が意思の強くない子どもで、親の言う通りに受験に専念したのがしんどかったという思いもあるし。」という話をしてくれた。
自分達が教育熱の高い親のもとで勉強を強いられてきたという思いがあって、子どもには親はもちろん他者から何も強制されることない自由度の高い人生を歩んで欲しいと願う気持ちが強いのだそうだ。

えっさん自身は、2人のように中学受験をしたり親が過度に教育熱心だったわけではないけれど、その思いにはとても共感するものがあった。
子どもには他者と比べて経済的・社会的に成功することを目指すような人生よりも、自分自身の価値観に照らして満足度の高い人生を歩んで欲しいという思いは同じだ。

そして、やりとりをしていると最後はいつも「平和にそして、健康を大切に過ごそうね」という話で締めることになる。笑。
お互いに仕事がハードワークだったことがあり、他者評価に合わせて無理をして体調が思わしくない時期があったので、この平和かつ健康の価値を痛いほどよく分かっているのだ。

・自己評価に重きをおくことで拓ける未来!

誰かが「大成する」ことや「成功する」を人生の目標として「正」であることを前提に話をしていても、子どもには立ち止まって「本当にそうなのか」「大成とは?成功とは何か」を自分でもよくよく考えてもらいたいなと思う。

例えば、起業家として事業が軌道にのって富を手に入れ有名になったとしても、その状況に身を置いたことによって自分や家族の「平和と健康」が脅かされたり、バランスを崩すことになる可能性だって充分にある。
むしろ、そうした周りに注目される状況に置かれることで制限される自由というのもあったりする。
いずれにしても他者評価に常に晒されて、それを意識しながら生きていく人生は、えっさんの価値観からするとなかなかしんどそうだな〜と感じる。

子どもにはどのような状況に結果として自分が置かれたとしても他者評価に左右されることなく、自己評価を軸にして自らの人生を自らの意思で誰からも制限を受けることなく、自由に切り拓いていってほしいな〜と感じる。
自己評価に嘘なく生きようと思うと、自分の身体の調子が優れなかったり心が穏やかではない状況というのは自己評価としては高い評価にはなりにくいので、自分自身の心身を自然と大事にできるようになったりする。

なお、自分を正しく評価する前提としては、まずは自分が自分のことを無条件で好きであること。愛していることがとても重要になるのではないかと考えている。
子どもにはどこに住もうが、どこでどんな教育を受けようがその属性に関係なく、まずは子ども自身が自分のことをどんな状況になったとしても「大好き!」「愛している!」と自信をもって言えるような環境を自分自身の子どもへの関わり方も含めて用意してあげたいな〜とこの頃よく思うのだ。

今日の子どもが豊かに生きるヒント!

そもそも人生における大成とは、成功とは何なのだろう。子どもには、他者評価が高い人生をおくって欲しいのか、自己評価が高い人生をおくって欲しいのかと2択で問われたなら、あなたはどちらを選ぶだろうか。
もし、その選択が自己評価の高い人生なのであれば、親がまずすべきことは子どもにどんな属性を与えるべきかを考えるよりも、自分のことを自信をもって「好き」「愛している」と言えるよう、ありのままの子どもを愛することからはじめてはみるというのはいかがだろう。

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